2005年 09月 20日
【WRC】さよなら マイケル“ビーフ”パーク
ラリーGB、レグ3、SS15。
ウェールズの深い森の中をスリ抜けていくかのように設定された高速SS。スタート直後から高速のブラインド・カーブが連続して待ち受けている。しかもコース幅は狭い。

オンボードカメラはどうやらプジョーのマーティン車のもののようだ。マーティンのプジョー307WRCは全開でこのSSを攻めている。高い速度を維持したまま、右に左にと、連続するカーブをスムーズにクリアしていく。
ブラインドの大きな左カーブを抜けたところで、一瞬、オンボード映像がフワリと浮いたように思えた。

オンボード映像は、マーティン車から別の車に切り替わった。今度は三菱のロバンペラ車だ。
大きな左カーブを曲がろうとしているらしいが、一人、そしてまた一人と、コース脇で必死に手を上下させている人影が映っている。オフィシャルか観客か。「スローダウンしろ」という合図だ。どうやら前方に止まっているマシンがあるらしい。

ブラインドの大きな左カーブを減速しながら抜けていく。さっき、マーティン車のオンボード映像で一瞬映像が揺れた、あのカーブのようだ。
カーブを抜けると、前方に赤いマシンが止まっているのが見えてきた。マーティンのプジョー307WRCだ。ノーズは進行方向に対して右を向き、コ・ドライバー側のドアをこちら側に向けるようにして、コース脇の斜面に車体を少し傾けて止まっている。

コ・ドライバー側のドア部分が、まるで巨大な鉄のハンマーでぶっ叩かれたようにベコリと大きくへこんでいる。尋常じゃないへこみかただ。ルーフもドアと同じように大きくひしゃげているのが見える。プジョーのすぐ手前の立ち木の、ドアとほぼ同じ高さの部分は、樹皮がべろりと剥がれて白くなっている。

マシンの脇にも何人かの人影が見える。停車しようとロバンペラ車が更に減速しながら近付いていくと、コース左脇の茂みからもう一人出てきた。マールボロ・カラーのレーシングスーツとヘルメットを装着している。マーティンだ。
マーティンは腰を低くして、手を水平に大きく振っている。「止まってくれ」。

そこで一体何が起こったのか。状況を見て恐らく全てを理解したのだろう。ピエティライネン(ロバンペラのコ・ドライバー)が減速するランサーの車内で、うなだれるように頭を抱える。

ロバンペラのマシンが停車しかけているのを確認したマーティンは、踵を返し、ドアがベコリとへこんだ自分のプジョーに小走りで戻っていく。

まるで、マシンの中をもう一度覗いたら、奇跡が起こるとでも思っているかのように。






昨日のTV東京のWRCの放送で、何かしらマイケル・パーク選手の事故に触れるかと思ったけど何も無かった。放送されたのはアルゼンチン、フィンランド、ドイツの3戦分。WRCらしい珍場面もいくつか流れていたけど、とても笑えなかった。
ラリーGBは、今週金曜日に放送予定らしい。恐らくその放送で、今回の事故についても触れられるだろう。

でも、一体何が起こったのか知りたくて、自分でネット上を色々調べてみた。久しぶりに2chまで調べた。そして、東欧かどこかのTV局がネット上に配信していたニュース映像で、マーティンとロバンペラ、デュバルのオンボード映像を確認した。

http://zone.ee/wrc05/beef-inmemorian-k2-zone.avi
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クラッシュの瞬間の映像は無かったけど、状況を見る限り、幅の狭い高速コース上での、よくあるパターンの何のことは無いコース・オフ・クラッシュだったように思う。

ただ、立ち木の位置と、衝突した時の速度と角度が最悪だったのだろう。

2chのWRCスレには、グループBを引き合いに出して、これでWRカーも終わりだという発言もあった。グラベル・クルー復活を訴える発言もあった。でも、たとえWRカーを廃止したとしても、グラベル・クルーを復活させても、今回のような事故を防ぐことはできないだろう。
マシンの安全対策強化も考えられるけど、ラリーカーはすでに猛獣の檻よりも頑強なロールゲージが組まれている。オープンカーがベース車のプジョー307のルーフ強度が十分あったのか疑問があるけど、今以上にできることはそう多くないだろう。

コルシカで九死に一生を得るクラッシュを経験したコリン・マクレーは、かつてこう言い切った。
「サーキットとは違うからね。安全性を考えてコースを作り変えることはできないし、それはもう受け入れるしかない。どうしてもそれが気に入らないのなら、ラリーではなくて何かほかのことをやればいいのさ」
ラリーがラリーである以上、ラリーの本質がリスクとの共存を必然としている以上、避けられない事故だったように思う。



マイケル・パーク選手がどんな人だったのか、それほど知っているわけじゃない。特にファンということでも無かったし、雑誌の記事で“ビーフ”というニックネームが付いていることは知っていたけど、なぜビーフなのかは今でも知らない。
ただ、いかにもタフそうな風貌は印象に残っていて、ビーフというニックネームは結構似合ってるなぁ、と思っていた。

“ビーフ”はマーティンと一心同体でWRCをここまで駆け上がってきた。
90年代に別のドライバーと組んでWRCに何度かスポット参戦した後、2000年、プライベートチームのトヨタ・カローラWRCを駆るマーティンとコンビを組んだ。いくつか印象に残る走りを見せたマーティンとパークのコンビは、翌年スバル・ワークス入りを果たす。更に翌2002年にフォードに移り、マクレー、サインツという大ベテランのチームメイトに揉まれながら力を磨いた。
2003年アクロポリス・ラリーでマーティンとパークはWRC初優勝を達成。一躍フォードのエース・コンビへと成長した。
2004年にもソルベルグ、ローブと伍して戦い3勝をマーク。2人とともに、次代のWRCをリードするドライバーとして期待されるようになる。

名ドライバーには、必ず名コ・ドライバーがついている。ソルベルグのパートナーのミルズ、ローブのパートナーのエレナと並んで、“ビーフ”パークもWRC史に名を残すコ・ドライバーになれたかも知れない。

そんな矢先の今回の悲運。本当に残念でならない。

2004年のアルゼンチンで、2人は大きなクラッシュを経験している。
6速全開でジャンプして着地に失敗。フォーカスは何回転もして原型を留めないほどにグシャグシャになった。この時は幸い2人とも大きな怪我をせずに済んだ。クラッシュの様子を聞かれたパークは、「これまでで最悪の事故だった。もう経験したくないね。フォーカスのコクピットが頑丈だったことに感謝しているよ」(OCNスポーツ)と語っていた。
プジョーがフォーカスほど頑丈にはできていなかったことが“ビーフ”の不運だったのかな?

昨日のTV東京の放送で、在りし日の“ビーフ”が映っていた。今季ここまで苦しい戦いが続いていたけど、事故の直前まで、きっと必ず挽回できると信じて戦ったいたんだろう。

“ビーフ”、お疲れ様でした。
そして残されたご家族に、極東の一WRCファンから、心からのお悔やみを申し上げます。



今季、シトロエンのデュバルが危険なミスを繰り返したことで、コ・ドライバーが愛想を尽かしてコンピを解消するということがあった。ドライバーはコ・ドライバーを信頼し、コ・ドライバーはドライバーを信頼しているからこそ、危険な公道を狂ったような速度で駆け抜けることができる。
アルゼンチンであれほどの事故を経験した後も、パークはマーティンへの信頼を失うことなく、今季プジョーへ移籍するマーティンについてきた。

信頼するコドライバーを失ったマーティンがとても心配だ。

ロバンペラとデュバルのオンボードカメラの映像に写っていたマーティン。
ロバンペラに続いてデュバルのマシンがやってきた時、307WRCの影から現れたマーティンは、やってきたクルマをロバンペラの背中越しに背をそびやかして確認していた。恐らく救急チームが到着したことを期待していたんだろう。そうでないと分かると、また大破した307WRCに落ち着かない様子で戻っていった。
表情は見えなかったけど、ほんの僅かでも救いを求めるような様子が一つ一つの動作に伺えて、その姿はとても悲痛だった。

今頃、自分のドライビングミスをこれでもかと責めているに違いない。

かつてコドライバーを事故で無くした“ポッサム”ボーン(同人もその後事故死)は、亡くなったコドライバーの意志を尊重して、その後も走り続けた。
バーンズが病で倒れた時、レイドはバーンズとともにWRCから去った。
ドライバーとコドライバーのコンビの在り方に、正しいカタチなんてものは無いんだろう。

ただ、“ビーフ”はきっとマーティンがチャンピオンになる姿を見たかったんだと思う。
オレはマーティンに帰ってきて欲しい。



WGPの日本GP125ccクラス決勝の事故もひどかった。でも、あの事故も対策の立てようが無いだろう。ガデアもルティも幸い大きな怪我が無かったようで良かった。



追記:
グラベル・クルー復活は関係無いと書いたけど、やっぱり復活した方がいい。
問題はペースノートの精度のように思う。
それとコース設定でも何らかの対策が取れるだろう。あまりにもリスクの高いコースはSSから外すなど、主催者側の安全確保の取り組みが必要なんだろう。

たとえそれでチュリニ峠がコース設定から外されたとしても、ドライバーの命とは比べられない。
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by oretch | 2005-09-20 21:25 | WRC

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