2008年 01月 30日
ハンドボールとわたし

ここ数日、日本で最も注目されているスポーツは間違いなくハンドボールだろう。

注目を集める原因となった騒動は実に不愉快な話だけど、ハンドボールが注目を集めたこと自体は、オレッチはとても嬉しかった。
なぜなら、オレッチは中学生時代、ハンドボール部だったからだ。


MotoGPとハンドボール。オレってつくづくマイナー指向だな・・・


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昨日開催された女子ハンドボール日韓再試合の様子。
残念ながら日本は完敗。でも、こんだけハンドボールが注目されたんだから良かった。
Photo © 時事通信社 / サンケイスポーツ


ま、それはいいとして、オレッチがハンドボールをやっていたのは、中学3年のときの僅か半年程度。もともとオレッチは剣道部だったのだけど、オレッチに目をかけてくれていた(目をつけていた?)D本先生がハンドボール部を創設することになって、剣道部にも籍を置いたまま、半ば強引にハンドボール部の立ち上げに参加させられた。



参加したはいいけど、オレッチも含めて部員は全員、ハンドボールのハの字も知らないような状態。そんなオレッチたちを、学生時代にハンドボールで国体にも出場したことのあるD本先生は、文字通り手取り足取り熱心に指導してくれた。

・・・いや、手取り足取りっていうのは違うな。容赦ない蹴りと鉄拳で身体で覚えさせられた、と言うほうが正しいな。毎日、最低一人は鼻血出してたわ。

でも、それもしょうがないことだった。集まった部員はオレッチを含めて一筋縄じゃいかない連中ばっかりだったし、何より、オレッチ達3年生にとって最初で最後になる夏の大会まで、練習期間は半年もなかったんだから。D本先生は毎日、声を嗄らし鉄拳を飛ばしまくりながらオレッチたちを指導した。

そんなこんなでハンドボール部がスタートして1ヶ月ほど経ち、ようやくそれらしく見えるようになって来たところで、そろそろ他校と練習試合でもしてみるか、となったのだけど、ここで、ハンドボールがいかにマイナーなスポーツかを思い知らされた。

近くに対戦相手が居ないでやんの。

市内はもちろん、隣接する市町村にもハンドボール部が全くいない。隣の隣の、そのまた隣の大きな市まで行かないと対戦相手がいなかった。今はどうだか分からないけど、当時はそのくらい、ハンドボールってマイナーだった。

結局、夏の大会では1次リーグで敗退し、オレッチのハンドボール歴は僅か半年で終わった。僅か半年に満たない練習期間の割には善戦したほうだと思うけど、やっぱり3年間みっちり練習してきた奴らには勝てなかった。それでも、やるだけやったと言う達成感はあったっけな。
大会の帰路、鬼のようにおっかなかったD本先生が、やけに優しい笑顔だったのが印象深いぜ。

ちなみに、オレッチの主なポジションは「センター」。本来はゲームメイクをする司令塔的なポジションだけど、敵DFの頭越しに直接シュートしてゴールを狙うことも多かった。背の高さを利用して、「ポスト」をやることも多かった。ポストプレイのポスト役をするのが主な役割だけど、フェイントかけて直接シュート打つのが好きだったな。



今夜、オリンピック出場の切符を賭けて、ハンドボール日本男子代表が韓国と再試合を行う。
D本先生も、きっとどこかでこの試合を見てるんだろう。

D本先生、お元気でいらっしゃいますか?
随分ご無沙汰してますが、またいつか、お会いできる機会があればと思います。
その時には・・・・・


もらった鉄拳倍返ししてやるから覚悟しとけや (# ゜Д゜)ゴラァ!





仕返しはもちろん冗談。確かに鉄拳やケツキックは痛かったし、その時はマジぶっ殺してやる、とか思ってたけど、20年経った今では厳しい指導も鉄拳制裁も全てがいい思い出だ。
D本先生は武闘派で、確かにおっかなかったけど、でもオレッチにとっては気の合ういい先生だった。

先輩から取り上げたエ●本をこっそり横流ししてくれたこと、今でも感謝してます(笑



度を過ぎた体罰は単なる暴力でしかないけど、時には鉄拳制裁ぐらいあってもいい。
武闘派の先生達に散々ボコボコにされてきたオレッチはそう思うのであります。

ただ、中学3年の時の英語担任だった●●は今でも許せねぇ。
もしまた会ったら、絶対何らかのカタチで復讐してやる。
首洗って待っとけや (# ゜Д゜)ゴラァ!!
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by oretch | 2008-01-30 13:08 | 雑記

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