2008年 02月 22日
【F1】ウィリアムズというチーム

改めて、ウィリアムズというチームは紛うことなき名門チームだなと思った。

The Official Formula 1 Website : Champions pay tribute to three decades of Williams (2008/02/19)
F1通信 : 歴代チャンピオン、ウィリアムズに敬意を表する (2008/02/20)

19日からバルセロナのシルクイート・デ・カタルーニャでテストが始まったが、ウィリアムズは、F1レーシング参戦30年を祝うためにデザインされた最新の冬用カラーリングを披露した。

新しいデザインは6種類の5番目で、ウィリアムズでワールドチャンピオンになった7人のドライバー、アラン・ジョーンズ、ケケ・ロズベルグ、ネルソン・ピケ、ナイジェル・マンセル、アラン・プロスト、デイモン・ヒル、ジャック・ヴィルヌーヴの手書きのメッセージが掲載されている。

タイトル保持者からのメッセージのほか、今週3日間テストを行う予定の2台のFW30のモノコックには、アイルトン・セナ、マリオ・アンドレッティ、カルロス・ロイテマン、クレイ・レガツォーニなど過去30年間チームに在籍した31人のドライバー全員の名前も描かれている。

(F1通信より抜粋引用)


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Photo © F1 Administration


ここ数年、自動車メーカーがワークスチームを立てて相次いで参戦してきた影響もあって、すっかり”Bクラス化”してしまっている感じのウィリアムズだけど、過去の栄光を振り返ってみると、やっぱりこのチームはF1の歴史にその名を刻む名門チームなんだなぁ、と改めて思った。

これまでに輩出したチャンピオンは7人。これは、フェラーリ(9人)に次ぐ第2位の記録だ。ウィリアムズと並ぶ名門のマクラーレンは、チャンピオン回数はウィリアムズより多いけど人数にすると1人少ない6人。

ウィリアムズのチャンピオン・ドライバー達がFW30に寄せたメッセージとともに、過去の栄光を振り返ってみる。






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ウィリアムズにとって最初のチャンピオン、アラン・ジョーンズ。
1980年、美しいベンチュリー・カー(ウィングカー)FW07Bでシーズンを制した。
FW30に寄せたメッセージは「僕が最初だった」。確かに。
Photo © Jean-Philippe Legrand / Motorsport.com



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2人目のチャンピオンはケケ・ロズベルグ。お馴染み、現役レギュラーのニコのお父さん。
F1史上に残る大乱戦(全16戦で11人のウィナー!)となった1982年をアグレッシブな走りで制した。
メッセージは「素晴らしい年月を…ありがとう」。
Photo © F1 Administration



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3人目のチャンピオンは、チームメイトとのバトルに勝利したネルソン・ピケ。
1987年、10年ぶり開催の日本GPで自身3度目となるタイトルを獲得した。
ウィリアムズにエンジンを提供していたホンダにとっては初のタイトルだった。
Photo © The Cahier Archive



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4人目のチャンピオンは、1987年にピケに敗れたナイジェル・マンセル。
ホンダ・エンジンを失った後の低迷期を脱し、圧倒的な強さで1992年を制した。
マンセルは悲願のタイトル獲得で、”無冠の帝王”の汚名を遂に返上した。
Photo © Renault / Motorsport.com



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5人目のチャンピオンは”プロフェッサー(教授)”アラン・プロスト。
1年間GPを離れ休養した後、1993年にウィリアムズで復活して自身通算4度目の王座を獲得した。
アクティブ・サスで武装したこの頃のウィリアムズは、まさに無敵の強さだった。
「チームのみんなに感謝。最後のチャンピオンをみんなと一緒に獲得できたことを誇りに思う」
Photo © Renault / Motorsport.com



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6人目のチャンピオンは、現在隆盛の”二世ドライバー”の先駆け、デイモン・ヒル。
1996年、シューマッハを破ってF1史上初の親子チャンピオンの偉業を達成した。
メッセージは「ありがとうフランク」。シンプル過ぎ。
Photo © F1 Facts



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そして最後、7人目のチャンピオンは、ヒルと同じく二世ドライバーのジャック・ヴィルヌーヴ。
前年衝撃のデビューを果たし、僅か2年目で、父が果たせなかった夢を成し遂げた。
メッセージは「すばらしい3年間とチャンピオンシップをありがとう」
Photo © Hiroshi Kaneko


まさに栄光の歴史とはこのことですな、って書きたくなるくらいの見事な栄光の数々。
とりわけ90年代に、ハイテクとルノー・エンジンを武器にF1界に君臨していた頃の無敵の強さは、今でも強烈な印象を持って憶えている。

今オフの合同テストで、ウィリアムズは各所で好タイムをマークして注目を集めている。フェラーリ、マクラーレンと互角に戦うまでにはもう少し時間が必要そうではあるけど、名門チーム復活を十分に予感させる。

ウィリアムズは昔から浮き沈みの激しいチームだけど、それだけに、現在の上昇傾向にはまだその先があることを期待させてくれる。

そう遠くない将来、ウィリアムズが再び栄光を掴む日がきっと来るだろうな、うん。



昨シーズンは、ライコ、マッサ、アロンソ、ハミルトンの4人が四つ巴のバトルを演じて大いに盛り上がったけど、過去にもあった四つ巴のバトルとして昨シーズン何かと比較されたのが1986年シーズン。
その、1986年の四つ巴のバトルを演じたのが、この4人。

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左から、セナ、プロスト、マンセル、ピケ。
Photo © unknown


この4人が4人とも、元ウィリアムズのドライバーだ。でも、セナだけがウィリアムズでチャンピオンになれなかった。

「無報酬でもいい」とまで言って、焦がれたウィリアムズのシートをセナがようやく手に入れたのが1994年。天才セナと最強ウィリアムズのタッグが実現したことで、シーズン開幕前は世界中の誰もがこのセナのシーズン圧勝を予想していた。
ところが、その先に待っていたのは余りにも残酷で恐ろしい結末・・・・・。

セナにも、チャンピオン獲らせてやりたかったな・・・・


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1994年、第3戦サンマリノGPの予選でタイムアタックするセナ。
開幕戦、第2戦ともPPからスタートするものの、自らのミスなどで、この時まだノーポイント。
Photo © Renault / Motorsport


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そして運命の決勝レース。
あの時オレ、号泣した・・・・
Photo © xpb.cc / Motorsport.com


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Photo © xpb.cc / Motorsport.com




バルセロナに登場したFW30のノーズには、歴代のウィリアムズ・ドライバーの名前がプリントされている。ピケ、マンセル、プロスト、セナといったビッグネームに続いて、現役ドライバーの中嶋一貴の名前も載っているそうだ。


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Photo © F1 Administration


名門ウィリアムズのマシンに、今季日本人ドライバーが乗る。やっぱりこれってスゴイことだよな。

もちろん、エンジンを供給するトヨタの意向が背景にあったんだろうけど、だとしても、日本人ドライバーが名門ウィリアムズのシートに座ることの意味は大きい。
名門チーム復活のストーリーにしっかり乗っかっていくんだぞ、カズキ君!


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カズキのパパ、中嶋悟も名門ロータスからF1デビュー。
中嶋親子って恵まれてるよね。一方、ライバル星野親子は・・・・
Photo © Renault / Motorsport.com

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by oretch | 2008-02-22 01:42 | F1

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