2008年 08月 01日
お盆の墓参りと都電もなか

オレッチの父方の実家は東京の下町にある。そして東京のお盆は7月。
ってことで、先月中旬、子供達を連れて墓参りに行ってきた時の話し。


我が家の墓は、都内では珍しい路面電車、都電荒川線の沿線にある。
父方の実家所在地から墓のある寺までは都電に乗って5分ほどの距離。
子供の頃は爺さん婆さん(2人とも既に他界)と、都電に乗って一緒に墓参りに行っていた。

フトそんな自分の子供の頃のことを思い出し、今回は子供達と都電に乗って墓参りに行くことにした。

自宅から地下鉄と山手線を乗り継いで、JR大塚駅で三ノ輪方面行きの都電に乗り換えた。

都電に乗るのは初めての我が家の子供達は、物珍しそうに車内でキョロキョロ。
オレッチは懐かしくて興奮して、車内から写真を撮りまくった。


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庚申塚停留所近辺で向うから来た車両とすれ違う。
大興奮でデジカメのシャッターを押しまくるオレッチ。気分はタモリ倶楽部♪




 
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滝野川一丁目停留所近辺の直線区間。
直線の先のこんもりとした緑は、ガキの頃によく遊んだ飛鳥山。


飛鳥山の急坂をグルリと回り降り、首都高王子線ができてからすっかり雰囲気の変ったJR王子駅を過ぎたら、間もなく目的地の梶原停留場だ。

車窓からの景色を興奮して見ていたら、つい乗り過ごしそうになって、慌てて子供にブザーを押させる。

梶原停留場に降り立ったら、うだるような暑さ。自販機で買ったペットボトルの水はアッと言う間に飲み干してしまった。
梶原商店街で供えの花を買ってから、停留所から徒歩10分ほどのところにある寺まで歩く。


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梶原停留所で降りて、明治通りを横切る都電をパチリ。
梶原停留所は上りと下りのホームが明治通りを挟んで分かれている。


墓参りは久しぶりだ。墓にはオレッチの父親も眠っている。学生の頃は、月命日というと大学の帰りに立ち寄ったものだったのだけど、自分が父親になってからは随分と足が遠退いてしまった。

信心が薄くてスミマセン。ま、もとより仏教徒という意識も無いんですが。

子供達にとっては珍しい体験なので、線香や水やりなんかもワクテカしてやってくれた。

この日はあまりにも暑かったので、寺を早々に辞し、今は叔母が住んでいる父方の実家に立ち寄って、寿司を腹いっぱいご馳走になってから帰路に着いた。
帰りももちろん都電に乗って。


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いずれオレッチが入ることになる墓。
「天明」とか「宝暦」とか「享保」とか、なにやら古い年号がたくさん彫られている。
「天明の大飢饉」とか「享保の改革」とか、確か歴史で習ったような。



さて、墓参りと言えば、子供の頃から決まってゲットしていた土産物がある。
「都電もなか」だ。
梶原停留所を降りてすぐのところにある「明美製菓」という和菓子屋の看板商品だ。

オレッチはガキの頃からこれが大好きで、墓参りに来るたび婆さんや親父にねだって、車庫を模した箱の詰め合わせを買ってもらったものだった。

このところ「でんちゃ!でんちゃ!」とプチ鉄っちゃん状態になっている我が家の息子が、この日は体調を崩して留守番をしていたので、お土産にコイツを買っていってやった。

ま、実際はオレッチ自身が欲しかったからなんだけどね♪

来年は息子も連れて、また都電に乗って墓参りに行くことにしよう。


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子供の頃から大好きな「都電もなか」。
新旧車両の姿が描かれた箱に、1つ1つ最中が入っている。
最中の箱の後方、路線図が描かれているのが、車庫型の詰め合わせの箱。


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最中そのものも都電の形をしている。
中身はとっても甘~いアンコと餅でできていて、うんまい!






wikipediaによると、「江戸っ子とは、江戸で生まれ育った生粋の江戸の町民を指す」「3代続きの長男のみを『ちゃきちゃき』の江戸っ子」と言うらしい。

ってことは、オレッチの爺さんや親父は、まさに「ちゃきちゃき」の江戸っ子だったわけだ。
オレッチは埼玉生まれ埼玉育ち。親父のせいで「ちゃきちゃき」の江戸っ子になり損ねた(笑





父方は地主の家系なんだけど、爺さんは日比谷にある某ホテルに勤めていた。
その爺さんが、昔、こんな話をしてくれた。

昭和初期の小雪降る冬のある日、若かりし頃の爺さんが、いつものように都電に乗って勤務先のホテルに出勤すると、なにやらホテル周辺がものものしい雰囲気に包まれていた。ホテルの裏には重装備の歩兵部隊が集合していて、ただならぬ空気が流れている。ホテルの中はたくさんの人が右往左往し、「とうとう戦争が始まったのか?」と思うほどの騒ぎだった。

「へ~。で、それって何だったの?」とオレッチが聞いたら、爺さんが言った。

「二二六事件だ。」

二二六事件の時も走ってた都電カッケェ~ってオレッチは思った。
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by oretch | 2008-08-01 23:42 | 雑記

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