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2007年 12月 05日
「ミッドナイトイーグル」書評
書評なんてエラそうなもんじゃないですが、先日、原作小説を読了したので、ちょいと書いてみようかと。

TVでこの小説を原作にした映画の宣伝をやってるのを見て、初めてこの作品のことを知った。
映画の紹介サイトなんかを見ると、なかなかサスペンスフルな軍事スリラーものらしいけど、1,800円も払って映画を見るつもりにはなれなかったから、とりあえず近所の書店で原作小説を買って読んでみた。


ミッドナイトイーグル (文春文庫)
高嶋 哲夫 / / 文藝春秋
ISBN : 4167656604
スコア選択: ※※※※




で、読んだ感想だけども。

結論から言えば、なんでこの作品や作者を今まで知らなかったんだろうとちょっと後悔するぐらい面白かった。ただ、全体を通して、どうにも拭い切れない違和感のようなものを感じたので、後読感がちょっとスッキリしないかな。




まずは大雑把なストーリーの確認から。

物語の主人公は、ある別居中の夫婦。夫は元世界的に著名な報道カメラマンで、今は昔発表した写真集の印税を糧に、長野の田舎町でグダグダな生活を送っている。妻は元雑誌記者で、引き取った長男と東京で二人暮らしをしながら、フリーのジャーナリストとして米軍基地問題などの記事を書いている。2人は、事故で長女を喪ったことをキッカケに別居状態になっていた。

物語は、この2人が長野の山中と東京をそれぞれ舞台にして、連携しながら、ある同一の事件の謎に迫っていく、という話になっている。

ある事件と言うのは、アメリカの横田基地に侵入した北朝鮮の工作員が、2発の核爆弾を搭載したステルス爆撃機に工作をして墜落させたという事件。

「ミッドナイトイーグル」書評_b0039141_221655.jpg

作中に登場するステルス爆撃機「B-3ミッドナイトイーグル」は実在しない。
写真のステルス爆撃機「B-2スピリット」が、そのモデルと思われる。
すごく不気味な姿だ。でも男子はこの姿に興奮する。
Photo © U.S.Air Force


妻は、横田基地に侵入した北朝鮮工作員との接触に成功して、そこから謎の外国人組織や日本の公安警察なんかとスッタモンダした末に、事件の真相を知るようになる。
一方、夫は、たまたま山に居たときに墜落する爆撃機を目撃。大学の山岳部時代の親友とともに、墜落現場を目指す。そしてこちらも、墜落した機体と核爆弾の回収任務に就いた日米混成部隊や、謎の外国人特殊部隊なんかとスッタモンダがあった末に、遂に墜落現場に到着。事件の全容を掴むことになる。

事件の全容とはこうだ。

アメリカは緊迫する朝鮮半島情勢に睨みを効かせるためにステルス爆撃機を横田に極秘配備。日本政府はそれを知ってるくせに知らないふり。ステルス爆撃機に驚異を感じる北朝鮮は、爆撃機を墜落させて、搭載されている核爆弾を強奪することを画策。墜落現場に特殊部隊を投入する。さらに、北朝鮮の裏には実は中国がいて、核爆弾のうち強奪するのは1発で、もう1発はその場で爆発させて日本に深刻な損害を与えようと企んでいた。

そしてクライマックス。夫は、親友と、途中で合流した自衛隊の生き残り隊員(北朝鮮部隊との戦闘で日米部隊は全滅)とともに、北朝鮮部隊から核爆弾を守ろうと必死に戦う。でも敵部隊には中国人も混ざっていて多勢に無勢。(墜落現場は吹雪のため援軍が来られない)
遂には自分たちだけで爆弾を守り切るのは無理だと悟って、ナパームを搭載した巡航ミサイルを自分たちに向けて発射し、自分たちもろとも北朝鮮部隊や現場一帯を焼き払うよう要請する。

妻は、真相を知ったことで政府に呼ばれて官邸におり、自衛隊の無線を通して現場の夫と最後の会話を交わす。官邸には息子も来ていて、最後の最後に再び家族の絆を取り戻す。
そして巡航ミサイルが現場に到達し、夫もろとも敵部隊や核爆弾をナパームの炎で焼き尽くしてジ・エンドとなる。


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湾岸戦争で一躍有名になったトマホーク巡航ミサイル。
こんなのが自分に向かって飛んでくるって考えただけでお尻がキューってなっちゃう。
Photo © U.S.Navy



ちょっと長くなったけども、要はそういう話。


で、ようやくオレッチの感想だけども。

まず何と言っても、ストーリーの発想自体が面白い。要は、ステルス爆撃機に積んであった核爆弾の争奪合戦の話なんだけど、その事件の真相を隠しながら、民間人を現場に絡ませて謎解きさせていくという展開の仕方が、クランシーや福井晴敏なんかとは違ってて面白かった。
長野山中と東京という2つの舞台で進行する物語を、並行して交互に進めていく展開の仕方も、スリリングでスピード感もあって良かったかな。特に終盤の山中での戦闘場面なんかは、途中で読むのを止められなくて風呂に持ち込んで湯に浸かりながら読んだりもしたぐらい。
そもそも国産小説ではこういう本格的で骨太な軍事スリラー、ポリティカル・サスペンスもの自体がまだ稀少だから、そういうのが好きな人には普通にお薦めできる。原作がベストセラーになったのは良く分かるわ。


ただ、いくつか残念に感じるところもあった。

まず一つ目は、誰がどのセリフを話しているのか分かりにくい箇所がいくつもあって閉口したこと。文中、唐突に会話が始まるような場面では、誰がそのセリフを口にしたのか、その前後に説明が無いから、読んでて混乱することがしばしば。自分で前後の文脈から判断するしかなくて、読んでてイライラすることが何度もあった。
活字中毒で小説を読み慣れてるオレッチでもそうだったんだから、あまり小説を読み慣れてない人の中には、途中で読むの止めちゃう人もいるんじゃないかな?

次に、雪山の過酷さを繰り返し繰り返し表現しているんだけど、あまりその過酷さがうまく伝わってこなくて、結構くどく感じられたこと。真保裕一の「ホワイトアウト」(雪深い新潟山中のダムを舞台にしたアクション小説)に比べると、雪の冷たさや冬山の恐さの描写が、なんか中途半端なんだよね。それでいて、似たような説明が何度も繰り返し出てくるから、くどいなぁ、と何度も思った。
ま、これはオレッチが「ホワイトアウト」を先に読んでて、雪山の過酷さを(擬似的に)知っていたせいからかもしれないけど。


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冬山での遭難事故に備えて訓練する岩手県警の皆さん。ご苦労さまです!
Photo © 岩手県警察本部



三つ目は、リアリティにちょっと欠けてんじゃないかなぁ?と思わせられるような設定や展開が少なくなかったこと。フィクションの小説にリアリティを求め過ぎるのも違うとは思うけど、それにしても「これは無いでしょ」っていうのが少なくなかったのが悔やまれるところ。

例えば、自衛隊や北朝鮮部隊があまりに弱すぎる点。夫と親友は元山岳部で現場の冬山にも詳しいから、軍隊相手にも互角以上の戦いができる、っていう設定なんだろうけど、現実的には本物の軍隊があんなに弱いはずがない。自衛隊だって北朝鮮だって、冬山での戦闘を専門に訓練している部隊がいるはずだし、こういう作戦には当然そういう部隊を送り込むもんでしょ。いくら主人公達が地元の山や冬山登山のエキスパートだとしても、専門の訓練を受けている軍隊は、それをさらに上回るはず。なのに物語中に出てくる自衛隊部隊も北朝鮮部隊も、なんだか頼りない普通の部隊で、主人公達にコロっとやられちゃったりするわけ。なんか拍子抜け。

そしてなにより、「発想が面白い」と褒めておいてなんだけど、日本にステルス爆撃機が極秘に配備されていた、という設定があまりにも荒唐無稽過ぎる。作中に出てくる爆撃機B-3は、実在するステルス爆撃機B-2がモデルになってるけど、あんな巨大な爆撃機を在日米軍基地にこっそり隠しておくことなんてできっこない。日本国内の米軍基地はどこも反対運動があって、市民団体なんかが四六時基地を監視しているはずなんだから。まして北朝鮮上空まで極秘に何度も飛んでるなんていう設定は、いくらステルスでも絶対無理。ステルスはレーダーから姿を隠すことはできても、人の目から隠れることはできないからね。
こうした辺りのリアリティの無さというか設定の甘さは、ちょーっといただけませんでしたね。


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人の目からも隠すことのできるステルス機を持ってるのは日本の航空自衛隊だけ。
Photo © 航空自衛隊?



さてそれで、いよいよ本題のオレッチが感じた“違和感”の正体だけども・・・・

それは一言で言えば、最後に夫が死ぬはめになったのは妻のせいじゃねーの?ってこと。

つまり、妻が最初に北朝鮮の工作員(墜落を仕掛けた犯人)に接触した時点で、さっさと当局に工作員の身柄やら証拠一切を引き渡していれば、物語は全く違う展開を見せていたはずで、日本国民が核爆弾爆発の危機に直面させられることも、夫が自ら要請したミサイルに吹き飛ばされるようなことも無かったんじゃないのか?という疑問が拭えないわけですよ。

もちろん、これは小説であって、妻がさっさと工作員を当局に引き渡していたらそこで話は終わっちゃうから、そんなところに突っ込み入れたら実も蓋もないんだけど、でもそういうところのプロットの甘さを感じてしまった

妻は接触した相手が墜落事件の犯人だってすぐに分かってたのに、なぜかこいつを匿ってやるんだよね。ジャーナリストとしてスクープをものにしたいとか、犯人と一緒にいた女に同情したとか、色々それっぽい理由は用意されてるんだけど、だからって犯人隠匿という違法行為を働いていいものなのなんだろうか? さらに物語後半では建造物侵入とか放火とか殺人未遂まがいのことまでしてしまうし。
日ごろ勤め先でコンプライアンス、コンプライアンスと念仏のように叩き込まれているオレッチには、まずこういうところで、どうにも違和感が感じられて仕方なかった。

その挙句に、妻とその仲間が真相を掴んだことを知って、それを揉み消そうと動いた首相に向かって、国民の知る権利とかジャーナリストの使命とかを盾にして「偉そうに言うな」とか説教しちゃうんだから、まさに「お前が言うな」って感じで呆れちゃった。
確かに、米軍の核の持ち込みに目を瞑り、秘密裏に事態を収束しようとする政府の所業は褒められたもんじゃないけどさ(でも、時として政治がそういう処理をすることが許される場合もあると思うんだよね、オレッチは。後述する本作品の主題と関わる部分なんで省略するけど)、それにしても自分はさんざんやりたいようにやっておいて、よくもそんなことが言えたもんだと。事態を複雑化したのはオマエじゃないかと。最後に夫が死ぬはめになったのはオマエのせいじゃないのかと。ジャーナリストっていうのは、使命とやらのためには何をやっても許されるんかと。

そんなこんなで、素人の子持ち中年女性なのに北朝鮮の工作グループや公安を度々出し抜いちゃう荒唐無稽な無敵ぶりには目を瞑ることができても、無責任で自己中な妻(とその一味)の行動や言動には拭いようのない違和感を感じてしまったわけ。

もっとも、これは作者が意図的にそうしているのかもしれない。

作者は、かつては軍隊を絶対悪として忌避していた夫が、最後は日本(=妻、息子)を守るために銃を握り、戦わざるを得なくなるという矛盾を描くことで、理想と現実の間の厳然としたギャップ、お花畑の理想論では大切なものを守ることはできないという現実のシビアさを表現しようとしてるんだと、それこそがこの作品の主題なんだと、そうオレッチは解釈したんだけど、妻とその仲間の平和ボケぶりを少々大げさに描くことで、主題を一層強調しようとしてるのかもしれない。


ということで、まぁ色々と難癖をつけはしたけども、総評としてはとっても面白い作品だった。
政治とか軍事とかも絡む硬派な物語が好みの向きには強くお薦めできる一品でした。




映画の方は相当評判悪いみたいね。あちこちの映画批評読んだけど、どれもこれも監督や脚本家にダメ出ししてるし。
「この成島出という監督は、よほど軍事および政治に関して無知か、作品のキモを読み違えているかのどちらかだ。まったくもって本作の監督には、ふさわしくなかったというほかはない。」
超映画批評より抜粋引用)



携帯小説が原作の映画「恋空」もあちこちでケチョンケチョン状態のようだ。
こっちは映画というより、原作そのものがボッコボコに叩かれてるみたい。

「ミッドナイトイーグル」と違って、こちらは原作を読んでない。でも、Amazonのレビュー読んでるだけで十分楽しいから、それで満足。
こんな縦読みの嵐、見たことないよ(笑)

オレッチは読んだことないから分からんけど、携帯小説って、中高生ぐらいには大人気だけど大人にはずんぶん評判が悪いみたいね。中高生達は、自分たちと等身大の登場人物たちに感情移入してハマっちゃうみたいだけど、そのことに関してピーコがいいこと言ってた。
「等身大の自分の目線と同じものしか読まない子が大人になるのが恐い。大人の書いたものを読まないと成長しないから、いつまで経ってもこどもみたいな。」
(J-CAST TVウォッチより抜粋引用)

まったくもって大賛成。いきなり太宰治やチェーホフを読む必要はないけど(オレッチも読んだことねーし)、読みやすい名作、古典はいくらでもあるんだから、それらを摘まんでみるだけでも、随分と世界が広がると思うんだけどね。

オレッチが最初にハマッたのはO・ヘンリーの短編集。中学の英語の教科書に有名な「賢者の贈り物」(クリスマスに、夫は大切な金時計を売って妻のために良質な髪櫛を買い、妻は自分の美しい髪を売って夫のために金時計の鎖を買う、っていう美しくも哀しい話)が題材として載っていて、それでO・ヘンリーに興味を持って原作の短編集を読んでみたらば、そこには人間の優しさとか賢さとか愚かしさとか強さとか弱さとか色んなものが一つ一つの話に沢山詰まっていて、これが面白くて面白くてかなりハマっちゃった。以降のオレッチの人間観に大きな影響を与えたのは間違いない。
今の若い人たちにも、是非、そういう作品に出会って欲しいね。


1ドルの価値/賢者の贈り物 他21編 (光文社古典新訳文庫)
O・ヘンリー / / 光文社
ISBN : 4334751415
スコア選択: ※※※※※
by oretch | 2007-12-05 22:14 | 雑記

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